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東京高等裁判所 昭和60年(行ケ)233号 判決

一 請求の原因一ないし三は当事者間に争いがない。

二 そこで、本願発明が実質的に特許法三二条二号にいう医薬(温血動物用麻酔薬)の発明であるかどうかについて検討する。

1 成立に争いのない甲第八号証(本願の昭和五八年四月二五日付手続補正書)によれば、本願の特許請求の範囲第一項には「無菌の薬学的に認容性の稀釈剤又は賦形剤と組み合わされた化合物二・六―ジイソプロピルフエノールから成り、直接にか又は液体稀釈剤での稀釈後に人間以外の温血動物に非経口的に投与するのに適した無菌の獣医薬組成物」と記載され、同項記載の発明が人間を除外した温血動物用の獣医薬組成物の発明であることが明らかであるのに対し、その特許請求の範囲第二項記載の本願発明は、単に「温血動物用麻酔薬…」と記載するだけで温血動物から人間を除外していないから、本願発明に係る二・六―ジイソプロピルフエノールによる温血動物用麻酔薬(以下「本件麻酔薬」という。)は人間をも対象として麻酔薬(医薬)であるということができる。

もつとも、前掲甲第八号証、成立に争いのない甲第二号証(本願明細書)、第五号証(昭和五七年一〇月一二日付手続補正書)によれば、本願明細書の発明の詳細な説明の項には、「化合物二・六―ジイソプロピルフエノールは、本発明による組成物としてマウス、ラツト、うさぎ、猫、あかげざる又は豚尾ざる、豚、羊、馬又は牛に体重一キログラム当り二・五~一〇ミリグラム単一投与量で静脈内に注入した場合スムーズでかつ急速な麻酔効果を生じる。」との記載(一〇頁一三行ないし一八行)及び右の麻酔効果を示す実施例一五ないし二〇の各記載があることが認められるが、人間に対する本件麻酔薬の使用につき明示の記載はないことが認められる。しかし、前掲記の温血動物に対して薬効が認められる場合、人間に対する適用例が示されていなくても通常は人間に対して同様に効果が認められるものと経験則上推認し得ること、本願発明が投与方法として「非経口投与」とする以外なんら限定を付していないことに徴すれば、前掲甲号各証は本件麻酔薬が人間に対しても注射剤として用いることができることを開示しているものということができる。

2 本願発明中(1)の記載が二・六―ジイソプロピルフエノールを稀釈剤等と混合して液状とすることを意味するものであることについては当事者間に争いがない。

成立に争いのない乙第一号証(厚生省「第八改正日本薬局方第一部」昭和四六年九月二〇日特許庁資料館受入)には「(1)注射剤は、医薬品の溶液、懸濁液、乳濁液または用時溶剤に溶解もしくは懸濁して用いる医薬品で、皮膚内または皮膚もしくは粘膜を通して体内に直接適用する無菌の製剤である。(2)本剤を製するには、別に規定するもののほか、医薬品の一定量を溶剤に溶解、懸濁もしくは乳化して一定容量とするか、または医薬品の一定量をとり、注射剤用ガラス容器に密封する。ただし、汚染を防止するにじゆうぶんな注意を要し、調製、充てん、密封および滅菌に至る操作はできるだけすみやかに、通例八時間以内に行なう。」との記載があり(三八頁二八行ないし三四行)、また、成立に争いのない乙第二号証(桜井喜一外三名「調剤指針注解」薬事日報社昭和四二年二月一日改訂第四版発行)には「注射液調製の作業は、まず薬品の一定重量をとり、これを注射用蒸留水に溶解し一定量とする。」(二七三頁一行ないし二行)、「このようにして調製した薬液をあらかじめ洗浄、滅菌したアンプルまたはガラス容器中に充てんし、熔封または閉せんし、さらに薬液の性質に従い適当な滅菌法を用いて滅菌する。」(同頁四行ないし七行)、「滅菌は注射剤調製の一連の作業のいわば仕上げであり、滅菌の完全か否かは注射剤の成否をきめる重要な操作である。」(二九九頁一三行ないし一四行)との各記載があることが認められる。

これらの記載によれば、薬効成分を非経口投与剤の一種である注射剤とするためには、同成分を稀釈剤等の溶剤に混合して溶解、懸濁もしくは乳化し、かつ滅菌処理することは慣用技術として必ず行れているものということができる。そうであれば、薬効成分を非経口投与剤である注射剤とするに当つて、本願発明の要旨(1)、(2)のようにこれを稀釈剤等と混合し滅菌処理により無菌状態とすることは、医薬製造の際に採られる慣用手段であることが明らかであり、前掲甲第二、第五、第八号証によるもその手段の組合せに何ら特異性を見出すことができない。

また、前認定の本願明細書の実施例一五ないし二〇の記載によれば、二・六―ジイソプロピルフエノールを含有する無菌の薬剤組成物はそれ自体として医薬作用である麻酔作用を有するものと認めることができる。

3 以上のとおりであるから、本願発明は特許請求の範囲の記載自体によれば、二・六―ジイソプロピルフエノールを有用な原料として本件麻酔薬を製造する方法に関する発明のごとくみられるが、それは単に慣用手段を組合せて採択した製法で、その実体は二・六―ジイソプロピルフエノール自体を有効成分とする温血動物用麻酔薬、即ち医薬そのものの発明と変るところがないものというべきである。

三 原告の主張するところは要するに、本願発明の記載形式、これと特許請求の範囲第一項の記載形式との対比、無菌の薬剤組成物ないし無菌溶液の製造方法の実施例とその実験結果の実施例との対比等から、本願発明は医薬の製造方法の発明であるというのであるが、それが理由がないことは既に述べたことから明らかである。また、出願形式を物の発明とするか製法の発明とするかは原告主張のとおり出願人の選択するところであるとしても、そのこととその発明の実質の把握とは自ら別問題であることはいうまでもなく、もとより審決が出願拒絶の方便として、恣意的に製法の発明を物の発明と認定したものでないことも明らかである。

四 以上述べたところによれば、本願発明が特許法三二条二号により特許を受けることができないとした審決の判断に誤りはない。

原告は本願発明の進歩性をも取消事由として主張するが、前記のとおり原告が指摘する本願発明の要旨(1)(2)の組合せには何ら特異性を認めることができず、本願発明が特許法三二条二号により特許を受けることができない以上、これについての進歩性を論ずる余地はないのである。

五 よつて、原告の本訴請求を失当として棄却する。

〔編註〕 本件における第二番目の発明の要旨は左のとおりである。

(1)二・六―ジイソプロピルフエノールを非経口投与可能な液状にし、(2)滅菌処理により無菌状態にすることを特徴とする、(3)非経口投与により温血動物用麻酔薬を製造するのに有用な無菌の薬剤組成物の製法。(以下この発明を「本願発明」という。)

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